フェイクニュースの見分け方とは。

皆さんこんにちは。


高校入試「合格できる問題集」編集部です!


今やコロナウイルスの話題がニュースでも大きく取り上げられ、高校入試の開催の是非や受験生が感染した際どうすべきなのか、あるいは学校や塾の授業は休校すべきかなど教育分野にも非常に大きな影響が出ています。


また、このような事態で悲しいことにいつも起きる現象ですが、フェイクニュース(根拠がなく、真実ではないニュース)です。今回のコラムではこのニュースについての向き合い方について触れていきたいと思います。







情報の活用を迫られる時代

今は情報とうまく付き合えるかどうかはとても重要です。ある人は現代人は明治時代に暮らしていた人々の1年分の情報量を1日で目にしているという人もいます。たまに情報を遮断したくなるほど、そういったものと切っても切り離せない時代となりました。



ご存知のようにスマートフォンやSNS等の普及で様々な情報がスピーディーに拡散し、それらの情報を信じるか信じないかは、私たち自身がどう認識するかを迫るケースもあります。うまく自分の中でフィルターをかけてきちんと判断するのは本当に難しいものです。それだけフェイクニュースも巧妙になり、わかりづらいものになっています。




おすすめのフェイクニュースの見分け方

何かいい見分け方などはないものでしょうか。

個人的にはニュースソース(ニュースの情報媒体)を信頼できるものに絞るということをお勧めしたいと思います。1つではなく3つくらいでしょうか。



では、信頼できるメディアとそうでないメディアを、どう見分けたらいいでしょうか。私の場合はそのメディアが誤報をしてしまったときに見分けるポイントがあると思っています。やむを得ず誤報をしてしまったときに、日ごろから「真摯に謝罪をきちんと行い、それを怠らないメディア」は信頼に足るのかなと思ってみています。




責任をもって報道していることが垣間見える瞬間

たまにニュースなどでも見かけますよね。

「先週金曜のこの時間のニュースで〇〇の件について誤りがありました。大変申し訳ありませんでした」とキャスターの方が頭を下げる場面。あれは簡単なことではないと思います。



もちろん謝罪するような状況にならないよう入念に取材を行い、裏付けを行ったはずです。それでも誤報が起きるときは起きます。その時に公に報じてしまった重みをきちんと感じ、それを恥じながらも、謝罪という形で行動に移せることはそれだけ日ごろから報じることに対して責任感を持ちながら取り組まれているのかなと思います。



今は情報とうまく付き合えるかどうかはとても重要です。ある人は現代人は明治時代に暮らしていた人々の1年分の情報量を1日で目にしているという人もいます。たまに情報を遮断したくなるほど、そういったものと切っても切り離せない時代となりました。

プライドを持って仕事にのぞんでいる人たちが、ミスが起きたときは、メンツにこだわるのではなく、素直に謝罪できることは視聴者(読者)側の信用を落とすどころかむしろ更なる信頼感につながると私は感じています。皆さんはどうお考えでしょうか。




お気に入りの媒体と中期的に付き合う大切さ

結論として新聞を見ろ、テレビを見ろと押し付けることが目的ではありません。

最近はスマートフォンやSNSはやはり手軽で自分が知りたいニュースをスピーディに把握できます。有能です。そして、スマートフォン上の報道内容も突き詰める大手新聞・キー局の情報を元に再構築されたニュースも多いです。


今回の主題に沿ってフェイクニュースの見分け方を結論付けるならば、新聞でもテレビでもSNSであっても、自分の好みのニュース媒体を中期的に追いかけて信頼に足るかどうかを見極めていくということとさせていただければと思います。





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